教科書は社会を生きるための「間接的材料」の一つにすぎない |
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2007-03-02 Fri 00:00
直接、何の役にも立たないのは当たり前で家康がどうだろうが過去の話で、 今から僕らがどうこできる問題じゃない。大事なのは教材を通して 分析力、嫌な物でも我慢する忍耐力、持続力、自己主張の力、物事を 緻密にみたり、逆に広く見渡す力、何軸にも立って考える力、 結びつけたり、分類する力、とにかく、間接的に実は凄く役に立ってる。 そういう力をバランスよくとれる材料は教科書だったりするんです。 他の場所でもできなくはないけど、ここまでバランスよくは難しい。 だから、決して無駄ではないのですよ。 何かやりたいものが決まらずにいる子供は 目の前の教科書向かうことは決して無駄ではないと断言してもいい。 と、いう私も学生時代はこんな遺跡がなんやねん、 アホらしくて、古典なんかしるか!って思ったものですが、、、、 本当に何が大事かを教えてくれる教師は少なかったですね。 教員免許全部持ってるけど、今、教師になれるなら(ならないけど) 嫌いなものを将来、直接役にたたないものをやる意味ってのを 教える教師っていてくれたらいいなって思います。そういう教師がいたら 親が少々ダメでも(ウチ)結構まともな大人になれるって思うなぁ。 |
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