音楽の森の奥深く

此処に居るから

TVで泣くのは久々

手紙…ってTV放送(映画)観た人ってどういう人だろう。

そして、どう思ったのだろう。

私は…

泣いたものの、一言で言うなら…こんな甘くないよ世の中は。


一度、加害者ってものを背負わされた家族って

いつまでもいつまでも孤立するし、秘密を持った様なもので

咎人に明るい日差しは早々射さない。世の流れは

加害者一括り、被害者一括り、そして、

被害者は寄り沿う場所が探せば確実にある。

その決定権は個人でなく法が作り出す。


こんな時にコミック本を引用するのもなんだけれど

「世の理不尽を許すな。でも堪え…憎しみの連鎖は誰かが断て」

(鋼の錬金術師より)


この連鎖を断つのって本当キツイんだ。半端じゃない。

一歩間違えれば自分が加害者と呼ばれる事を誰もが

気付いているようで気付いていない。

真面目だな、今日の日記w。

とりあえず、この難しいテーマを取り上げた映画に音楽を

提供した小田和正の器の広さは凄いかも。。。

これだけの事を書くのに、テーマ外した小心者の私。

今、叩かれてるエリカ様、いい表情してましたな。

叩いてる人は、この映画では決して泣けないだろう。。。


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時々思うのだけれど

何のために生きてるのかとか

自分は何で生まれてきたんだろうとか

自分の生き甲斐ってなんだろうとか


そういうの自分や誰かに問うたりするときってのは

自分に迷いがあるときなんじゃないかな?

自分の存在価値を知りたがるというのは自分に自信を無くしてる

そんな時なんじゃないのかな。心が空虚な時。

充実してる時、周りもひっくるめ忙しい時は考えない。

誰かを笑わせて、怒らせて、悲しませて、癒して

それで、どうにか自分は必要とされる存在と思ったり

それで、ああ、自分は認められてるって思おうとしてみたり。


疲れたときは、そんな頑張らなくていいんじゃないかな。


自分が笑って、怒って、泣いて、気持ちよくなって

それで、それだけでいいんじゃないかな。

その先に誰かの喜怒哀楽が勝手に付いてくる。

それが本来の姿だと思うけどな。


周りが幾ら幸せでも自分が含まれてないと不満に思うのは

自分が笑ってないからじゃないかな。そんな気がする。


私はいつも崖っぷちに居ながら泣きながらも笑う事ができる。

自分を楽しむことができる。その方法を知ってる。

そして、その先にはやっぱり誰かが笑っていてくれたらいいな。

それから、余裕のあるときは涙を拭ってあげたいって思う。


ささやかなOne Night Story


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